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稲作伝来

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米というと日本人の食べ物というイメージですが、
そうなったのはほんの最近の話です。
ほんの2000年ちょっと前の話。

え? 最近じゃないって?

いえいえ、それ以前の数万年は、日本人は稲作を知らなかったのですから。

稲は中国南部かインド北東部が原産じゃないかと言われています。
それがまず中国に広がって、
そして朝鮮半島を経由してか東シナ海を横断してか、
日本の九州北部に伝えられました。
それが2300年かそれよりもっと前だといわれています。

2300年前というと弥生時代が始まるころですね。
弥生時代に日本では本格的に稲作を行うようになりました。

そして稲は日本の気候に適していた。
適していたといっても元々暑い地方の植物ですから、
一年中というわけにはいきませんね。
日本の夏、高温多雨となる日本の夏の気候が稲作に適していたんです。
しかも稲は他の作物に比べると収穫が多いのですね。
そして食べて美味しいと来れば、日本に稲作が広まらない理由はありませんね。

こうしてお米は日本人の主食になっていきますが、
食べ物としてだけではなく、お金の代わりにもなりました。
米って腐りにくいから好都合だったのですね。お金の代わりとして。

日本は既に大和時代から稲で税を払わせていまして、
それがなんと江戸時代の終わりまで続くのですからすごいですよね。

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