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日本近代郵便の父

この人です。
前島密
知っていますか? この1円切手の人が、日本の近代郵便制度を作ったんです。

前島密。「まえじまひそか」と読みます。
「ひそか」っていう名前です。郵便制度にぴったりだと思いませんか?
だって、手紙なんて、送る相手以外には秘密にしたいものですからね。

ご存知の通り、それまで日本で手紙を運ぶといえば飛脚でした。
しかし日本の産業が発達するにつれ郵便物も増えてしまって、
飛脚では対応しきれなくなってきたのですよね。
配達が遅れることが珍しくなくなってしまった。

これじゃあいかん!とヒソカさんはヒソカに心に思ったわけです・・・
ごめんなさい。ちょっと調子に乗りました。

当時の日本は江戸から明治に移り変わったばかりのころです。
日本は欧米の国々に負けない近代的国家に生まれ変わろうとしていたのです。
それに失敗すれば、日本は植民地にされるかもしれない、
そんな危機意識のあったころです。

日本が近代国家として発展していく上で、
情報を流通させるしくみを作り上げることは非常に大切な課題だったんですね。
そう考えた前島密さんは、イギリスの郵便制度を取り入れることにしました。

そしてめでたく日本に近代郵便制度ができたのが
1871年(明治4年)のことです。
有名な「廃藩置県」と同じ年ですね。
はじめは東京大阪間だけだったようですが、
翌年には早くも郵便制度は全国へ展開します。

ちなみに、前島密さんは、東京を首都とすべきであると主張したことでも有名です。
この人がいなければ日本の首都は大阪になっていたかもしれませんよ。
大阪の人にとっては残念なのかな。

廃藩置県と郵便制度の関係ですけど、
廃藩置県によってそれまで独立性の強かった藩がなくなったわけですから、
人や物や情報の行き来がそれまでよりも容易になったのでしょうね。
ということで郵便制度を始めるにはちょうど良かったのでしょう。

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入試に出る郵便制度のお話