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飛脚

日本で近代的な郵便制度ができる前に手紙を運んでいた人というと
飛脚を思い出しますよね。飛脚。「ひきゃく」と読みます。

飛脚というと江戸時代のものがすぐに思い浮かびますね。
某運送会社のトラックに描かれているアレです。

でも飛脚と呼ばれるものはすでに鎌倉時代からあったようです。
「いいくにつくろう・・・」のあの鎌倉時代ですよ。
ただ、意外にも鎌倉時代の飛脚は徒歩ではなく馬を使っていました。
・・・いや、どちらかといえば徒歩の方が意外か・・・
馬なので結構早くて、京都と鎌倉を三日くらいで結んだようですね。

さて、イメージどおり(?)の飛脚が登場するのは江戸時代です。
これもやはり最初は将軍様の必要から設置されました。
そのうち諸国の大名や町人が利用できる飛脚便が作られていきます。

しかしなぜ馬じゃなくて徒歩になったんでしょうかね。
以下推測。
江戸時代は平和になって産業が発達、
その上、五街道も整備されたので人の往来が増えたせいかもしれません。
人が多いところを馬で駆け抜けるのは危ない。
橋のない川が多かったからかもしれません。大井川は有名ですね。
馬の方が費用がかかるからかもしれません。
あとは・・・失業対策のためとか・・・

徳川将軍の使っていた飛脚は「継飛脚」と呼ばれていまして、
江戸から京都まで三日で手紙を運んだといわれています。
三日って!?
鎌倉時代の馬より速いじゃん!!
結局、馬より速いのなら馬を使う必要はありませんね。
さすがに一人で三日間走れるとは思えないですが・・・

さて、徳川将軍が使った飛脚以外は何と呼ばれていたんでしょう。
諸大名が使った飛脚は「大名飛脚」(そのままじゃん)、
一般民衆が使った飛脚は「町飛脚」と呼ばれました。

これで日本にも一般人の使える郵便システムができたか・・・
と喜んでもいられません。
飛脚には欠点が多々ありました。

人間が自分の脚で走るんですからね。

遅い。

京都と江戸を三日で結ぶなんて、将軍様の使う最高の飛脚ですよ。
一般の飛脚は一ヶ月くらいかかったそうです。
急いでもらうには大金を払わなくてはいけなかったんです。
4日以内に江戸から京都まで手紙を運んでもらうのに4両かかったそうです。
4両というと今の感覚では、50万円くらいになりますね。
50万円を郵便屋さんに払っても、相手に届くのが4日後・・・
それじゃー不便ですよね。

それから産業の発達につれて郵便物が増えてきました。
一方で飛脚として働く人はそんなに増えません。
それで郵便物が届くのが遅れるようになってしまいました。

しかしこんな欠点を持ったまま、江戸時代が終わるまで飛脚は存続します。

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