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民衆のための郵便

これまでの話では、郵便制度というのは
国の支配をしている人たちが自らの必要性から作ったものだということでしたね。
だから「郵便制度」というより単に「情報網」と言った方がいいかもしれません。

では一般民衆が使える郵便制度ができるのはいつになるのか。
ヨーロッパでは西暦1000年を越えたあたりから
一般の民衆が利用できる郵便の仕組みがかなりできていたようですが、
まだ国がそれを作ろうとはしていませんでした。
国はあくまで政治や軍事のための郵便制度と考えています。

ところがヨーロッパで産業が発達するにつれて、
一般の人々の郵便に対する需要が高まってきます。

産業が発達すると、郵便への需要が高まる? なぜでしょう?
産業が発達していろんなものの生産が増えてきますと
それを他の人にも売って儲(もう)けようとするようになりますね。
それで離れたところにいる人にも売りたいんですけど、
売るためには前もって打ち合わせをしておきたいですよね。

何をどれくらい買いたいのか。
どんな値段で買いたいのか。
どこで品物を引き渡すか。

いちいち直接会っていたのでは効率が悪いですから
自分は移動せずにメッセージだけ伝えたいと思うのが人情です。
ということで産業が発達すると郵便を必要とする人が多くなるんですね。

この郵便に対する需要に目をつけた人がいます。
ドイツの貴族でフランツ・フォン・タクシスという人です。

ドイツって、ここですね。
ドイツ
(地図:ウィキペディアより)
この人は神聖ローマ帝国(当時のドイツの名前)の
皇帝の手紙を運ぶ仕事をしていたのですが、
それだけじゃ儲かりません。
ということで16世紀の始めに、神聖ローマ帝国の皇帝にお願いして
一般の郵便物も取り扱っていいという権利をいただきました。
しかも「独占権」です。
つまり神聖ローマ帝国の中で郵便事業を行っていいのは
「タクシス家だけ」ということになったんです。

これでフランツさんは大儲けできるんですけど、
同時にヨーロッパ中に郵便のネットワークができあがることになります。
フランツさんは郵便馬車をリレーさせてヨーロッパ中に手紙を運べるようにしたんです。
このお陰で、権力者だけでなく一般の人も使える郵便の仕組みが整ったというわけです。

ちなみにフランツさんが作らせた郵便馬車は赤く塗られていたそうですね。
それで今の日本でも郵便といえば「赤」なんですかね~。
ポストは今でも真っ赤になって立っています。

もうひとつ。

これは今の私たちから見るとちょっとびっくりなんですけど、
郵便料金は郵便物を受け取る人が払っていたそうですね。
たくさん手紙を貰う人は大変だったでしょう。
モテモテのイケメンはラブレター貰いすぎて破産したりして・・・

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入試に出る郵便制度のお話