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煩悩を飼い馴らす

「花びらと、色と香りとを損なわず、ただ味のみを携えて、かの蜂の飛び去るごとく
 人々の住む村に、かく聖は歩めかし」(法句経)

仏教では煩悩を離れろとよく言いますが、
しかし、煩悩を完全に捨て去ったならもう死ぬしかないような気がします。

ならばこの煩悩、どう扱えばよいのでしょうか?
そのヒントが上記の釈尊の言葉に込められているようです。

この言葉に出てくる、
「人々の村」は「この世」と解釈してもいいでしょう。
「聖」とあるのは聖人のみならず、この世で修行する私たちと考えていいでしょう。

そして私たちは欲望を完全に捨てることはできません。
それは人生の放棄、すなわち修行の放棄につながるからです。

必然的に欲望の対象となるもの=「花」に近づかざるを得ません。
ここで大事なのは、「花びらと、色と香りとを損なわ」ないでいるということでしょう。
果てしない欲望を果てしなく満たそうとして、美しい花を見つけ次第片っ端から摘み取っていく、
そんな態度ではいけないということです。

それは一見自分の豊かさを増しているようであって
実際にはたんなる欲望の奴隷に成り下がったにすぎないのですから。
本能のプログラムのままに動く畜生に堕すということですから。

だから自分に必要なものは何かを厳密に考えることが大切です。
そして必要なものだけ受け取っていく=「ただ味のみを携えて」いく
ことが大切なのでしょうね。